2019.5.4 ozawa

SNSとの距離感が変わってきたことについて

 

 

印刷・WEB・ITで、
お客様の「伝えたい」をデザインする会社、
ヂヤンテイシステムサービスの小澤です。

 

SNSと距離を取る人が増えてきた
と思います。

 

先日、こんな記事がありました。

 

東洋経済ONLINE:フェイスブックを止めた私にリアルに起きた事(2019.5.1)

 

フェイスブックのアカウントを削除し、
5カ月の間に何が変わったのかを
レポートする記事です。

 

アカウントを削除しないまでも、
SNSから離れる、距離を置く記事を
昨年あたりから目にするようになりました。

 

若者の“インスタ離れ”も
緩やかに進行していると言います。

 

SNSと距離を取る人の理由として
考えられるのが、
以前から言われていたSNS疲れ。

 

いいねをしたり、コメントをしたり、
それを待っていたり、

 

つながっている相手への気遣いに
疲れてしまうのがSNS疲れです。

 

先ほどの記事には、「FOMO」という
言葉がありました。

 

FOMOとは
「fear of missing out(見逃してしまうことの恐れ)」の略。

 

ソーシャルメディアで共有されている
情報を見逃すこに不安を覚え、

 

SNSをやめるのをためらうような
ことがあるようなのですが、

 

さきほどの記事では、やめても
問題がなかったということです。

 

フェイスブックやインスタグラムでしょうね。
ツィッターは見逃すのが当たり前なので。

 

個人的には、フェイスブックの
アカウントは削除していませんが、
ほとんどやっていません。

 

実質、やめているのと同じ状態です。
近しい人といえども、日常生活を
知りたいと思わなくなったからです。

 

仕事を除けば、使っているのは
ツィッターだけで、主に情報収集で
利用するのみ、

 

1日10分も見ていないと思います。

 

SNSと距離を取る人の理由として
もう1つ考えれるのが、

 

個人情報を管理されることに対する
恐怖があると思います。

 

先ほどの記事でも、
フェイスブックを止めた後に
ターゲッテイング広告がどう変化
したかに注目しています。

 

昨年くらいから、SNSに距離を置く
ようになった方の理由としては、
こちらの方が大きいようです。

 

SNSに限らず、
「プラットフォーマー」と呼ばれる
巨大IT企業に対する風当たりが、

 

個人情報保護の側面から強くなって
きています。

 

楽しく、SNSを利用してきたのに、
その裏では、個人情報が吸い上げられて
きたことが分かってきたということ。

 

今年に入ってからも何度も
ニュースになっていました。

 

個人的にも、以前からこういう
情報があったので、

 

特にフェイスブックやラインに不安を
覚え使わなくなっていきました。

 

最後にもう1つ理由があるとすと、
これではないかと思います。

 

 

スマホの使い過ぎによる「脳過労」を意識しよう!

 

 

SNSというよりも、スマホとの
付き合い方が見直されていること。

 

昨日も、スマホはマルチタスクに
なりがちで、脳過労となるという
話に触れました。

 

ゴールデンウィークは
実家で過ごしたのですが、

 

実家の家族は、誰一人として、
SNSをやっていません。

 

せめて、ラインかメッセンジャーに
登録してくれれば、
電話も通話料が無料になるにと
説明しているのですが。

 

SNSをやっていないのは、
必要がないからなのです。

 

スマホを持っていても、電話とメールで
ニュースくらいで良いとのこと。

 

そんなに使っている時間もない。

 

こういう人たちには、
ターゲッティング広告もSNS広告も
通用しないということです。

 

年齢が高くなればなるほど、
こういう人たちはいるもので、

 

これから今以上の高齢化社会に
なっていく上では、

 

コミュニケーションの対象として
無視できない存在になっていくと
思います。

 

通信回線を使ったコミュニケーションは
パソコン通信の時からありました。

 

この時代から、世界を変えるのでは
ないかと期待していました。

 

インターネットが登場し、メールや
掲示板、チャットのような
新たなコミュニケーションが始まり、

 

その後登場したSNSは、
その究極のカタチだと思い歓迎しました。

 

多くの方にSNSを勧めたものです。

 

いますぐに、変化するものではないと
思いますし、人とつながるSNSが
なくなるとも思いません、

 

SNS広告もこれからも
有効だと思いますが、

 

ユーザーとしては距離を置くようになった
SNSの広告が有効だというのも
無責任となってしまうため、

 

今後どうなのだろうという
気持ちもあって、本日、
この記事を書かせてもらっています。

 

SNSの行き詰まりは、
承認欲求を満たすだけに留まるから、
なのだと思います。

 

投稿したものが認められる欲求は
エスカレートしていき、

 

いいねや、つくコメントの数に
一喜一憂するようになり、
やがて疲れます。

 

若者がクローズなSNSや、
エフェメラルな、はかないSNSに
流れていくのは、
こういう理由からなのだと思います。

 

でも、これって、否定的で
逃げている感じもしてしまいます。

 

もっと積極的で自己実現に
つながるSNS、クローズだけど、
確たるコミュニティが存在する
SNSが待たれるのではないでしょうか?

 

こういう動きが、一部には
でてきているようなのです。

 

その時、広告も本人のための広告が、
常に表示されるようになるではないか、
そんな気がします。

 

インターネットで買い物ができたり、
情報を知ったり、
これからは、家電とつながったりと、
便利な社会になっていくと思うのですが、

 

インターネットがもたらす最大の恩恵は、
コミュニケーションだと思います。

 

スマホが登場しほぼ10年。
まだ10年くらいしか経っていないのかと
驚きではありますが、

 

SNSも変化する時期にきたのでは
ないかと思います。

 

究極のコミュニケーションを目指し、
これからの動向に注目したいと思います。