2019.2.1 ヂヤンテイ君

多様化するタッチポイントの始まりは、ニューメディアブームだった?

 

 

印刷・WEB・ITで、
お客様の「伝えたい」をデザインする会社、
ヂヤンテイシステムサービスの小澤です。

 

昨日は、多様化するタッチポイント
に対応するための施策について、
どんな考え方があるのか、

 

その様々な名称を取り上げて
みました。

 

タッチポイントとは、
マーケティング用語、広告用語で
企業やブランドと消費者の接点のことです。

 

サービスやコンテンツとユーザーの
接点とも言えます。

 

テレビや新聞、雑誌などだけが
現在のタッチポイントではない
ことは明らかなことで、

 

タッチポイントの多様化と
表現されています。

 

インターネットが普及した後
だとしても、

 

「テレビで認知させて、ネットで刈り取る」

 

なんて表現があったように、

 

複数のメディア、複数のチャンネルを
駆使して購買につなげる
マーケティング施策がありました。

 

この構図も、スマートフォンの
普及によって、定石にはならなくなり、

 

現在どのような施策が有効なのか、
オムニチャネルという言葉が
注目されていることを知り、

 

それについて、調べてみよとしたら、
類似の言葉として、

 

マルチチャネルや、
クロスチャネルという
言葉があることが分かり、

 

順を追って
理解しておきたいと思ったのです。

 

タッチポイントの多様化ということで
考えてみると、

 

個人的な体験からすると
1980年代のニューメディアブーム。

 

あそこが原点だったのではないかと
感じられ、1980年代まで遡って
みることにしました。

 

「ニューメディアブーム」という言葉、
若い方は、知らないと思います。

 

しかし、1980年代の10年ほどは、
ニューメディアブームがあったと
記憶しています。

 

私もニューメディアに小躍りしていた
一人であり、懐かしいといえば、
懐かしい言葉となってしまいました。

 

まずは、ニューメディアの説明ですが、
Wikipediaから引用します。

 

ニューメディアとは、科学技術の発展に伴い、従来のテレビ・ラジオ、新聞・雑誌、電信・電話などの既存媒体(マスメディア)にとらわれない新たな媒体として、1980年代初頭に主として当時の電電公社により普及が推進された新媒体のことをいう。

 

念のため、伝えておきますが、
1980年代には
インターネットはありません。

 

電電公社は日本電信電話公社のことで、
後のNTTです。

 

Wikipediaにあるように、
ニューメディアという言葉は、

 

テレビ・ラジオ、新聞などの
マスメディア系の既存メディアに
対する言葉として使われていました。

 

分かりやすいところで、
CATV(ケーブルテレビ)や衛星通信
などが出現してきたということです。

 

今では当たり前ですが、
当日はそれが新しい存在だっため、
ニューメディアです。

 

コンピュータの情報処理技術、衛星通信や光ファイバーケーブルなどの通信技術を組み合わせた、新しい情報伝達通信手段を総称した言葉。

 

こういう表現もありましたが、
こう表現されても、
今では当たり前のことですね。

 

個人的にニューメディアの出現に
わくわくしていたのは、
科学技術の発展というより、

 

新しいコミュニケーション手段が
でてきたということです。

 

トフラーの『第三の波』なんて本も
出版され、第三の波(情報革命)の
うねりが押し寄せるなんて
話がありました。

 

ちなみに、第一の波は農業革命、
第二の波は産業革命です。

 

今考えれば、タッチポイントの
多様化は、ここから始まったの
ではないかと思います。

 

既存のメディアが一方向性であり、
画一的であったのに対し、

 

双方向性で、多様性を志向する
新しいメディアがでてきたことになり、

 

20代だった私は、新しい時代が
きたとニューメディアの情報を
追いかけていました。

 

当時テレビに飽き飽きしていました。
感受性ばかりが先走り、
多感な時期だったこともあり、

 

今思えば、テレビの画一性に
愛想を尽かしていたのだと思います。

 

20代前半は、テレビをまったく見ず、
情報入手は、もっぱらラジオからでした。

 

今でも懐かしい、私のラジオデイズ。

 

ラジオだけでも、ニュースが分かり、
映像として今でも覚えている
ラジオ番組があります。

 

雑誌もミニコミ誌を好んで読んで
いました。

 

タッチポイントとして当時の
私にはテレビがなかったというこです。

 

画一的なことを嫌い、新しい
価値観を探し求めていました。

 

その上で、多様なコミュニケーションが
可能となる、ニューメディアに
期待を寄せたということになります。

 

情報に触れるチャンネルが増え、
コミュニケーションが盛んとなる
メディアが増えることを
とても喜ばしいことだと感じていました。

 

CATV(ケーブルテレビ)の存在を
知った時は、

 

将来テレビ局を作ることも
できるのではないかとも
想像してしまったのです。

 

テレビ局を作ることよりも、
メディアを持つことに
興味があったのですが。

 

今でいえば、Youtubeにチャンネル
を登録すれば、動画メディアを持つ
ことができますね。

 

その後、パソコン通信が出現し、
世界中の人とコミュニケーショが
できることが分かり、

 

本当に新しい時代がやって
きたのだなと感じました。

 

パソコン通信は、現在のインターネット
の前身のようなものです。

 

ニューメディアの出現に
小躍りしたと書きましたが、

 

当時、自分個人としては、
情報として入ってきただけで、

 

実際に、ニューメディアに
触れることはありませんでした。

 

それなりお金が必要でしたし、
CATV(ケーブルテレビ)もエリアが
限られていたと思います。

 

しかし、そういうコミュニケーション
の存在があることを知って
満足していました。

 

テレビや新聞が古いとか
考えていなかったですし、

 

チャンネルが増えることに、
期待したのです。

 

タッチポイントの多様化という
視点から、ニューメディアを
振り返ってみたのですが、

 

人間は画一的な情報を嫌う、
多様性のある存在だという
ことなのだと思います。

 

当時のニューメディアは、
インターネット時代が到来するための
下地となった時代。

 

そんな気がします。

 

テレビや新聞の一方向のメディアがあり、
電話電信以外の、
双方向のメディアもある時代。

 

若かった私が小躍りしたように、
多様性を人は求めたのだと
思います。

 

タッチポイントの多様化というのは、
人間個人の中の多様性であり、

 

突き詰めれば、チャネルとか
メディアだけで、対応していく
ものではないのかもと思いました。

 

ニューメディアは、マーケティング
施策としてのキーワードでは
ありませんが、

 

タッチポイントの多様化って、
ニューメディアブームが
始まりだったのではないかと
思いつき、

 

懐かしさとともに、当時の
ニューメディアについて
書いてみました。

 

そこで辿りついたのが、
人間個人の中の多様性。

 

広告コミュニケーションは、
そこに呼び掛けるものではないか。

 

そう考えるようになりました。

 

抽象的な話で申し訳ありません。

 

多様化するタッチポイントへの
対応について、このあとも
見ていきたいと思います。