2013.10.16 ヂヤンテイ君

「カンブリア宮殿」に出演、グラフ株式会社北川一成さんが教えてくれたこと

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こんにちは。ヂヤンテイシステムサービス代表の小澤です。

 

みなさん、「カンブリア宮殿」というTV番組はご覧になっていますか?

 

この間、兵庫県のグラフ株式会社、北川一成社長さんが取り上げられていました。地方の印刷会社を、たった一人で世界へ躍進する印刷所へと成長させた、その手腕が紹介されていました。

 

同業の方であり、とても示唆に富む内容の番組でした。人々を取り巻く情報環境が大きく変化している時代に、印刷業のみならず、情報を扱う業界は戸惑いを隠せないでいるのが現実だと思います。

 

そんな中この番組を見て、この業界は何をすれば良いのか?どこへ向かえば良いのか?あらためて多くのことを考えさせられました。

 

そのため、この番組で取り上げられたことをじっくりと咀嚼して記事にしてみることにしました。そしたら見えてきたことがあったのです。

 

番組の概要

グラフ株式会社さんは、兵庫県加西市に印刷工場を持つ従業員40人の印刷会社。地方の印刷会社にもかかわらず、世界中から注文がが殺到している。

 

普通の印刷会社が敬遠するようなクォリティーを限りなく求められる印刷物を取り扱っているから「印刷業界の駆け込み寺」と言われている。

 

さらに、東京の老舗和菓子店も、誰もが知るフランスの高級ブランドも、世界に名を轟かせるハイブランドから注文が殺到するという。

 

そんな地方の印刷会社を、たった一人で世界へ躍進する印刷所へと成長させたのが、グラフ株式会社の代表取締役でありヘッドデザイナーである北川一成さん。

 

その北川一成さんが番組に出演され、番組がこの会社の舞台裏に迫りました。

 

番組の内容は、TV東京「カンブリア宮殿」のバックナンバーページでご覧になれます。

 

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▲http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/20131003.html

 

佐藤可士和がいる印刷会社

グラフ株式会社さんのホームページは実にシンプルです。ナビゲーションは付いていますが、同じページの下に移動するだけで、トップページのファイル1つしかない会社のホームページです。

 

世界から仕事が舞い込むほどの実力のある中小企業は、WEBマーケティングにお金をかける必要がないということが良く分かります。

 

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▲http://www.moshi-moshi.jp/

 

ソーシャルメディアも活用していないのかと感心してしまいましたが、ホームページにはリンクされていまんせでしたが、ツィッターアカウントだけは発見しました。

 

グラフ株式会社さんの強さは、北川一成さんであることに間違いありません。ブランディングを得意とすることからも、北川一成さんはデザイナーとして、佐藤可士和さんと同様の仕事をしています。

 

印刷会社と言わずにブラディング会社と言っても良いと思うのですが、佐藤可士和さんと違うのは、北川さんには印刷会社というバッグボーンがあることです。

 

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「カネイリミュージアムショップ」サイトで紹介されている北川一成さん
▲http://www.kaneiri.co.jp/shop/people/design-kitagawa.html

 

バッグボーンとなる印刷会社の技術力が高いからこそ、世界から仕事が舞い込み、普通の印刷会社が敬遠する複雑な印刷物の依頼が来るのであって、それも北川一成さんの力なのだと思います。

 

これからはデザインの時代なのだから、デザインするなら様々な紙やインクを使って経験を積んでいかなければと、意識的に工場の取組を改革してきたそうです。

 

特殊な印刷物、難しい技術に挑戦し、幅広い印刷技術のノウハウを蓄積できたのも、印刷技術までデザイナーの仕事として責任を持ち、取り組んできたからだと思います。昔のグラフィックデザイナーは、印刷用紙にも印刷にも責任を持っていたものです。

 

これではまるで佐藤可士和さんが印刷会社にいて、トータルにクリエティブワークをやっているようなもので、こんな強い印刷会社は確かにないと思います。

 

面付け印刷作戦

そんな北川さんも、駆け出しの頃は、新しい顧客を開拓するために営業をしていたそうで、“面付け作戦”で成功したというのだから、驚いてしまいまいました。実は、弊社もかつてこの“面付け作戦”企画で営業したことがあったからです。

 

番組では、北川さんが16万円するポストカードを1万円で売ったと紹介していました。これはどういうからくりかと言いますと、1つの版下に16種類のポストカードをまとめて、1回で印刷してしまうことで、16分の1の価格で営業したということになります。

 

ポストカードのサイズは概ねA6サイズです。そのため、16種類を1つの版にすると、A2サイズに近い版ができ、印刷機にちょうど良いサイズになります。

 

本来であれば、1つの仕事の印刷回数を減らすために、付け合せて版を作ります。10,000枚のポストカードを印刷するのに、同じものが16種ついていれば印刷機を10,000回の16分の1、すなわち625回印刷機に通せば全て印刷できてしまいます。

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1つの版をいくつも付け合せすることを“面付け”と呼ぶのですが、1つの案件で本来面付けするところを16種類の案件を合わせてコストダウンをしたということになります。

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これは、現在の印刷通販の方法論にもなっています。印刷通販が安く印刷できるのは、仕事をたさくん集めることで、1つの版にいくつものお客様の仕事を面付けして印刷することで、驚くような低価格を実現しています。

 

理屈は簡単です。1種類で16万円かかるポストカードは、16種類集めれば1万円で売ることができます。しかし、現実はそんなに甘くありません。

 

16案件の仕事を取ってくることがまず大変です。今のようにインターネットもなかった時代です。さらに、デザインも絵柄も違う印刷物を一緒に印刷するのですから、色の調整がとても難しくなります。

 

仮に16案件の仕事が取れたとしても、納期の調整も大変です。16案件ごとに印刷物には目的があり必要となる数もタイミングも違います。仕事を取ることと、制作から納品までのスケジュール調整が完璧にできた時に初めて16分の1のコストは実現するのです。

 

印刷通販も価格設定が、納品までの期間があればあるほど安くなっているのはこのためです。北川さんがこれに成功したのは、1万円という思い切った価格設定だったから。そして北川さんの営業マンとしてのバイタリティがあったからでしょう。

 

デザイナーの北川一成さんにそんな営業マンとしての時代があったことがとても意外でしたが、下請け仕事から脱しようとした必死の思いが伝わってくるエピソードでした。

 

どんな色でも作り出す

印刷用紙というのは何種類もあり、印刷がとても難しい紙もたくさんあります。お客様の要望に合わせてインクを作るのも大変な作業です。いつも決まった紙で、決まったインクを使って印刷するのが、仕事の効率という面では良いのです。

 

ところがグラフ株式会社さんは逆で、「どんな色でも作り出す」という方針です。PANTONEという色見本帳の番号の中にもない色のインクを僅かな時間で練り上げているシーンが紹介されました。

 

カラープリンターでご存知の方も多いと思いますが、基本的にカラーの印刷物はC(シアン)・M(マゼンタ)・Y(イエロー)・K(ブラック/Key tone)のプロセスカラーと言われる基本色インクの掛け合わせで表現します。

 

基本インクが4つあればどんなカラーの印刷もできるので、テレビのシーンのようなインクを練る作業は必要ありません。

 

ではなぜ、テレビではインクを練っていたかというと、お客様がその色にこだわっているからです。会社の命運をかけた製品パンフレットの写真が、製品の微妙な色を表現できないと印象が変わり、売上の数字に響くことだってあります。

 

どうしてもこの色、どうしてもこのくらいのニュアンスの色で印刷したいという時があるのです。そうなると、熟練した印刷技術者が配合しながらインクを練って作るしかないのです。

 

日本ではPANTONEではなく、Dicの色見本を使うことが多いのですが、色に興味がある方は、スマートフォンアプリ「カラーガイド (DIC COLOR)」とダウロードしてみてください。以下はWEB版(Macのみ)ですが、多くの色たちと出会うことができます。

 

カラーガイド

 

ついでにですが、こんなサイトもあります。ここではDicとPANTONEそれぞれの色番の色を確かめることができるだけでなく、htmlのカラーコードと、CMYKに変換した時の近似色網点パーセント値までも掲載されています。

 

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▲http://www.mydiccolor.com/

 

このような色のことを特色と呼ぶのですが、弊社の協力会社でも特色の仕事を快く請けてくれる会社はごく僅かです。1つの印刷仕事のためにインクを練る時間が必要となるだけでなく、次の仕事のために印刷機のローラーに着いたそのインクを拭き取る時間も必要です。

 

さらには、印刷したものがお客様の望むものでなかった場合はクレームの対象になってしまうことも多いため、特色の印刷は敬遠されてしまいがちです。

 

それをこのグラフさんは、25年かけて蓄積してきたインクの調合データを使って管理し、どんな色でも作ることを逆に売りにしていることになります。

 

インクのみならず、特殊な紙も、特殊な印刷も含めて、印刷表現の限界に挑んでいるかのような仕事振りから、「印刷業界の駆け込み寺」という異名があるのでしょう。

 

ここに1つのヒントがあります。人のやらないことを徹底的にやるということ。

 

ちなみに弊社の工場にも以下の写真のように、お客様用の、それぞれの仕事用に特色インクがたくさん保管されています。特色印刷の仕事もやっているのは、お客様の仕事に合わせて仕事をしてきたからになりません。インクの調合はインク会社に依頼しています。

 

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捨てられない印刷物を作る

北川さんのお話にあったもう1つのキーワードが「捨てられない印刷物を作る」です。

 

印刷会社で生まれ育った北川さんは、印刷の仕事が好きで、親の工場の仕事を手伝うことも好き、インクの匂いも工場に行くのも好きだったようです。

 

お正月が近づくと「大売出し」のチラシなどには、いつもと違う金色の印刷が入ったりし、毎年手伝うことで、仕事をしている自覚が芽生え、工場の仕事を通して季節を感じていたのだと思います。

 

だからこそ、正月明けに古紙の回収などをすると、一所懸命作った作った印刷物がゴミとされてしまうことに、北川少年は不条理を感じたのでしょう。

 

子どもだった北川さんは家業の印刷会社で、捨てられるものを作っているという事実がトラウマになり、捨てれない印刷物が作れないものかと考えるようになったと言うのです。

 

我々は自分たちが作った印刷物が使われているシーンを見る機会はあまりありません。しかし、お客様のところで配布用のテーブルに並べられていたり、説明資料として使われている風景を見るととても嬉しいものです。

 

しかし、仮にそれが捨てられる風景だったらどうか?たかが印刷物ですが、アイディアもデザインも注ぎ込み作っています。自分たちが作った印刷物が捨てられる瞬間を目にしたら、やはり悲しい気持ちになると思います。

 

ましてや、北川さんにとっては家族で一所懸命に作った印刷物。家族の愛情がたっぷり注がれた印刷物が捨てられる風景を目の前にしたら・・・だからこそ、「トラウマ」という言葉を使ったのだと思います。

 

そんな体験から北川さんは、捨てられない印刷物というのはどんなものなのかを、子どもの頃から考えていたと言います。これも今のグラフさんの仕事につながっていることが、容易に想像できます。

 

我々も印刷物を作る時に、できるだけ訴求力のあるものを作ろうと考えます。絶対に捨てられないもの、手にしてアクションにつながるものを作ろうという気概で取り組んでいます。

 

印刷物がすぐに捨てられてしまうのなら、世にでてきた意味がありません。印刷物は必要な人に的確に届けられ活用されることが一番です。だからこそオンデマンド印刷の需要が高まり、デジタル印刷が台頭してきているのだと思います。

 

印刷物に、印刷会社の名前を入れられない

印刷物には、自社の会社名を入れられない。やっていることを身の丈で世の中に直接訴えたいと思ったから、下請け仕事から脱することを考えた。」この話にも心が動かされました。

 

印刷の下請けということは、印刷になるまでの制作は元請け会社が行っているということで、印刷会社の名前が入ることは少ないと思います。

 

その元請け会社であっても、出版物や特殊なものでない限り、会社名が印刷されることはありません。御社の会社案内パンフレット、御校の学校パンフレットに制作会社なり印刷会社の名前が印刷されているでしょうか?

 

一般の商業印刷の場合は、印刷会社の名前なんて入ることは稀です。印刷の仕事は黒衣(くろご)のような存在なのです。それなのに北川さんはそこに固執したということです。それだけ誠心誠意な仕事をしているという自覚からでしょう。

 

確かに、企画からデザインからコピーから丸ごと携わった印刷物には、会社名を刻みたいなと思う時もあります。しかし、印刷物はお客様から受託されて作っているだけであり、お客様のものです。会社名を入れさせてほしいと申し出るような仕事は、あまりないというのが一般的だと思います。

 

北川さんはそんな常識までも乗り越えてしまったのですから、お客様と対等の立場で仕事ができている本当の意味でのパートナーとしての仕事ができているのだと思います。

 

弊社でもたまに会社名を入れさせてもらうことがありますが、仕事の責任感を重くするためにも、むしろ会社名を入れさせてもらう方が良いのではないかと思うようになりました。

 

人間力で差をつける

北川一成さんは仕事の選び方について、仕事は「選び選ばれ」であり、選ばれたという事は誰かの仕事を奪ったという事だと意識しているとも語っていました。コンペで勝っても誰かの仕事を奪っているのだから、ちゃんとしないといけないと。

 

そういう意味でも、モノヅクリは安いだけではダメで、咀嚼して技術屋としてちゃんと着地させることができるか、モノとして作ることができるかが大事であると。

 

20世紀の経済成長は機械に頼り過ぎたと思う。機械の精度が均質化している。いまや人間力だけしか差が出せない。そこをもっと掘り下げていけば他社との違いが出せるとも。

 

そうなんです。DTP/印刷業界はデジタル化の波にのりながら、ここ20年で大きな技術革命が起こりました。しかしそれも行きつくところまで来た感があります。

 

おそらくこの業界のことだけではないと思います。組織はそこで働く人の質で選ばれるのだと。だからこそ、企業の宣伝をするなら人であり人格なんだと思います。

 

最後に

この番組の最後に紹介された、村上龍さんの北川一成さんについての洞察がとても秀逸でした。コピーの勉強になりますね。

 

北川さんは子どものころ、空にかかった虹を見て、
「取ってこよう」と、自宅の裏山に登ろうとした。

 

お母さんがそれを見て、
「これに入れておいで」とビニール袋を渡してくれたらしい。

 

美しく、ロマンチックなエピソードだ。

 

北川さんは、おそらく今でも「虹をつかもう」としているのだと思う。

 

不可能なことに無謀に挑戦するという意味ではない。

 

どうすれば、虹をつかむのと同じような効果と、
充実感を獲得できるか、そのことを常に考えている。

 

デザインと印刷の両方の技法に習熟した北川さんとグラフ、
まさに「虹の彼方」の存在で、他の追随を許さない。